
LONCO JAPAN HOME > ロンコジャーナル > かぜの神さま~カイゲン【物流編】
カイゲンは現在事業部門が大きく4つに分かれている。
医療用医薬品や医療機器・その他を扱う【医家向部門】、それらの医療機器の設計・製造を扱う【技術・製造部門】、おなじみの“かぜ薬「改源」”などの一般医薬品の研究・開発をする【大衆薬部門】、そして“特定保健用食品”や健康食品などを製造・販売する【食品事業部門】だ。
その中で一般的にOTC(=Over The Counter drug:薬局で買える一般用医薬品)と呼ばれるもの(カイゲンで言う大衆薬部門)に関しては現在、北から東京・名古屋・大阪の3箇所で対応している。
その中でも、最も比重の高いのは大阪営業所であり、OTC部門全体の約70%を担っている。
今回の取材はその『大阪営業所』で医薬品業界の動向・市況と物流事情について伺ってみた。
現状の医薬品関係会社で“卸(おろし)”形態で商品を売っているメーカーの大半は、それらの物流を全て外注、もしくはアウトソーシングに委託している。
やはり医薬品の製造販売会社が物流専門の正社員を雇うより、アウトソーシング形態をとる方が遥かに会社にかかる負担は軽減されるからだ。
医薬品業界は特に商品流通形態がややこしいと言う事だが、最近では医薬品の規制緩和に伴い、物流の形態も昔とはずいぶんと変わってきた。
これまで医薬品類は、薬事法により規制・指導対象として4種類に分類されてきたのだが、この分類に対して、「医薬品のうち人体に対する作用が緩和で販売業者による情報提供の努力義務を課すまでもない」ものについて、「新指定医薬部外品」・「新範囲医薬部外品」というカテゴリーを設け、コンビニやスーパーなどの一般販売店での販売を認めた。
規制緩和前は小さな薬局が多く、その薬局と薬局との隣接距離にも規定があったため、その小さな薬局一軒一軒を個別に回って医薬品を納品していた。それが最近は、今は大きな量販店の倉庫に一気に納品、そこからはその量販店の“物流セクション”で行う(そして、もちろんここからもアウトソーシングの場合が多い)
そういえばこどもの頃よく行った薬局は、いつ行っても同じ店員さんが親身に病状を聞いてくれて、適切な薬の指示をしてくれたものだが、最近はまるで“スーパーマーケット”のような大型のドラッグストア(今は“薬局”とは呼ばない)で“アルバイトの若者達”が“くすりの安売り”をしている。そして、帰り際にもらえるカエルの指人形や、ゾウの消しゴムなども今は無く、替わりにメンバーズカードにポイントが貯まる。
それら“大型ドラッグストア”の出店で個人経営の小さな薬局はどんどん潰れていった。
“改源の粉薬”がカプセルに変わり、かぜの神様がくしゃみをしていたCMが、太極拳を舞う女性に変わっていったのも、時代の変化のひとつなのだろうか。
消費者にとっては駐車場完備の大型店のタイムサービスや特売で薬を買えたり、ちょっと立ち寄ったコンビニなどで、気軽にドリンク剤などを購入できるのはいいことなのかもしれないが、生産者側にとっては複雑な心境だと市森所長は言う。
「予算や費用の問題や形態の調整など、まだまだ問題点は山積みですが、わが社でもゆくゆくは物流に関する全てをアウトソーシングに切り替えていければと思っています。」やはり「もちは餅屋」・「薬は薬局」と言うことだろう。

『ハクッション!かぜひいてまんねん!』関西人なら誰もが愛嬌のある緑色の風神さまを一度は目にしたことがあるであろう。今回のロンコジャーナルの特集では“かぜに改源”でおなじみの株式会社カイゲンの大阪事務所のチーフマネージャーである市森所長にお話を伺った。
株式会社カイゲンは大正13年に神戸で創立され、今では大阪に本社、東京は支店があり、他にも全国に10ヵ所の営業所を持つ医薬品販売の老舗中の老舗である。
今回覗った大阪営業所は、市内からの車でのアクセスも良く、それでいて京都や神戸にも行きやすいという摂津市に位置し、在庫管理や配送において、近畿エリアを広くカバーする。
市森所長は席に着くなりこんな質問をしてきた。「カイゲンと言えば何を思い浮かべますか?」
これは関西人の私にとっては下調べするまでも無く解りきっている答えだ。「“かぜの神さま”でお馴染みの昔ながらのかぜ薬じゃないんですか?」当たり前のように答えると、次いで「では、その昔ながらの“改源”はわが社の何%ほどの売り上げを担っていると思いますか?」かぜ薬の他にもドラッグストアの店頭では、“のど飴”や“ドリンク剤”なども見かけるカイゲンだが、やはりあれだけ昔からTVCMもやっているかぜ薬がかなりの比率を占めていているだろうと思った私は、「65%?いや、それ以上ですか?」と、ちょっと控え目に答えた。

株式会社カイゲンはかぜ薬などの“一般用医薬品&健康食品”を担う【大衆薬部門】だけでなく、バリウム等の“医療用医薬品”や、内視鏡消毒装置などの“医療機器・その他”を担う【医家向部門】と、通信販売などでも展開をしている【食品事業部門】の三部門に大きく別けられる。
あれだけTVCMで流れている“かぜ薬”なのだから、それが会社の大半を担っているのだろうという考えは、どうも素人考えらしい。「みなさんそう思っていると思います。」と市森所長も苦笑いを見せて、こう続けた「弊社トップ商品はレントゲン用のバリウムです。医専部門が全体の7割弱以上を占めていて本当は主力なのですが、メディアに対してはOTC部門(英語の「オーバー・ザ・カウンター・ドラッグ(Over The Counter Drug)」の略で、医師の処方せんがなくても、薬局等で購入できる一般用医薬品のこと)の商品である“かぜの神さま改源”で売っています。その方がインパクトもあって記憶に残るでしょ?」確かに。風神雷神を見てもカイゲンを思い出してしまうほどだ。
「ですが、実はこのキャラクターは“関東ウケ”が良くないんです…」。確かに、名セリフは「かぁ~ぜ引いてまんねん!」と、バリバリの関西弁。関西人の私にしてみれば、昔からのなじみのフレーズも、やはり関東人には認知度が低いらしい。「本社が大阪なので、仕方が無いのかもしれませんが、OTC部門の5割以上が近畿二府四県に集中しています。これからは東京での売り上げにも力を入れていかなければいけないので、段々とかぜの神さまの露出度を減らしています。」そう言われてみると、確かに最近のカイゲンのCMは女性が太極拳で踊っている。
市森所長は以前OTC部門の営業職を経験されており、東京に営業に行ったときに「鬼のカイゲンでしょ?そんなものいらないよ。」と、言われた経験があるらしい。順風満帆に成長している企業と言えども、悩み事は色々あることを再認識した。
「おかげさまで医科向けでは全国で認知されております。11ヶ所ある営業所のうち OTC部門は3ヶ所だけで、他は全て医科向けなんですよ。」
こちらが『カイゲン=かぜの神さま』と思いすぎていたのがそもそも問題なのだが、全体の7割弱ほどを占める医専部門も、健康食品部門も順調に伸びているそうだ。
「実は“風邪”はひいてしまってからでは遅いのです」最後に驚くべき発言が飛び出した。
「誤解しないでください、“風邪”というものは一度熱が上がりだすと、何を飲もうがどうしようが、上がりきるまではどうにもならないものです。カイゲンの薬や葛根湯も『風邪のひきはじめ』に効くものなのです。」
「少し調子がおかしいな。寒気がするな。と思ったらすぐに飲んでください。すぐに状態が緩和されます。風邪はひいてしまってからでは治りが遅いのです。」「薬には色々な作用があるので、同様に副作用もあります。その点カイゲンの医薬品は漢方がベースで、体に優しい成分が主成分となっており、少し調子が悪くなった時にいつでも遠慮なく服用していただけます。」昔からの服用され続けている理由は、この辺にあるのだろうか。しっかりと営業トークで話を締めていただいた。
一通り取材を終えて、帰り支度をしていると、最後に市森所長がこう言った。
「でも、本当は病気にならないのが一番いいことですね。」
かぜの神さまは本当に心優しい人でした。
尼崎ロジスティクスセンターはプライベート製品の在庫管理や配送を担う、近畿エリアを広くカバーする重要な拠点として機能している。倉庫内はきれいに整理されており、埃っぽいイメージの倉庫とは正反対の近代的な物流センターだ。小売流通業界の物流に対するニーズは年々多様化し、少量多頻度化・短時間での納品、さらに情報技術の導入による物流の効率化、店舗オペレーションコストの削減や共同配送などによる物流サービスの向上などへの要求を背景に、尼崎ロジスティクスセンターは3年前に立ち上げられた。
奥野光彦さん(42)は3年前にロンコジャパンより派遣された一人である。つまり、立ち上げ時からのスタッフである。現在はロンコジャパンの社員となり倉庫内バラ出荷業務の運営管理を現場のリーダーとして働いている。「以前は10tトラックに15年乗ってたんですが、倉庫内作業もすることが多くありました。そういう経験の中で、もっと大きい視野で物流を考えていくようになり、いつしか物流業界のマネージメントにも興味が沸いてきたんです」と奥野さんは話す。奥野さんの仕事はスタッフの勤務や生産性の管理であるが、やはり初めは戸惑いが大きかったようだ。
「配送のころは全て“一人(個人)の責任”であったのに対し、現職では始め“全体としての責任”に重圧を感じていました。今でもないわけではないですが、前向きに捉えることが出来るようにはなりましたね」その言葉が表すように、立ち上げ時は順風満帆では無かった様だ。
3年前、尼崎ロジスティクスセンターは立ち上げ時特有の混乱や戸惑いでスタッフの足並みが揃っていなかった、と奥野さんは思い返す。スタッフ一人ひとりが現場や作業を把握することが出来ていなかった。それもそのはずで、当時ロンコジャパンから派遣された人材は100名を超えていたのだ。単純作業でさえこの人数となればまとめることすら困難なことである。ましてや時間厳守での仕事であればなおさら苦労があっただろう。そんな中だから、箱の汚れや破損なども少なからず発生しており、慢性的な問題点も解消できずにいた。残業と言うようなレベルではなく徹夜が続く日もあったと奥野さんは苦笑いする。
さらに、当然ながら生産性が求められる。尼崎ロジスティクスセンターでは個人の生産性、全体の生産性が数字になって現れる仕組みになっている。「立ち上げ時の生産性は一人300~350本、悪いときは200本台だったんです。これは相当悪い数字なんですよ。」この情報は全員が見ることが出来るそうだ。
「ヒト一人で作業品質はがらりと変わってしまうのを実感しました。」全体と個人の関係を意識し始めた奥野さんは、3ヶ月後にリーダーに抜擢された。
当時ピッキング作業とリーダー職を兼務していた奥野さんは、個人の生産性のばらつきに着目、成果の上がらないスタッフに対してなぜ効率が悪いのかを一緒に考えるようにした。地道な行動であり、すぐに成果が上がるわけでもない事だが、奥野さんは根気よく続けたのである。当時のことを奥野さんはこう話す。「一朝一夕に数字には表れませんでしたが、スタッフの表情や行動には手ごたえを感じ始めていました」当時、箱の汚れや破損問題に頭を悩ませていた現場は、改善の方向性を模索し始めていた。「ただ単に作業するだけのスタッフではなく、どう効率を上げるか、どう品質を上げるかを考えるスタッフへと変わってきてたんです。」
「スタッフとディスカッションを繰り返して、商品をピッキングする際に壊れやすいものや、汚れやすいものは空箱に入れたり、ボトル類と大きな商品が重ならないようにして破損を防ぐようにしました。」そのアイデアは意識が高まった状態からでないと出ない発想である。
もちろん、小さな作業が増えるので、当初、生産性が落ちることは懸念された。しかし、結果の数字は予想に反したものだった。
「現在の生産性は一人400本を超えています。立ち上げ半年でこの数字に落ち着きましたね」と奥野さんは笑顔で話す。品質の向上と生産性の両立を、現場レベルでの発想によって短期達成したのだ。
このような数字で現れて見える効果のほかにも、様々な面でよい方向に向かっていると奥野さんは言う。「やはり、スタッフの意識の向上は何物にも換えがたい収穫ですね。業務改善意識を持つことは会社の為だけでなく、自分たちにの為にもなることが立証できた事は大きな自信になります。」その自信がこの数字につながったのは想像に容易いことである。
もちろん、業務改善は現場だけで実践できるものではない。会議を重ね、提案の受け入れる側からも大きな熱意と理解があって初めて実践できた事である。奥野さんの所属するロンコジャパンは、現場からの業務改善提案だけでなく、独自のソリューソンを生かした提案も行っている。今回の例から言うと【尼崎ロジスティクスセンター】【現場】【ロンコジャパン】が三位一体となった取り組みによる成果と言えるだろう。
最後に、「今の目標は生産性を限りなく500本に近づけることです」と奥野さんは笑顔で語ってくれた。今日も尼崎ロジスティクスセンターでは、多くのスタッフが知恵を出し合って業務の効率化を模索しているに違いない。